教育連載コラム―未来への戦略-

海外トップ大学の授業が学べるAsuka Academy 第6回「日本語の壁を取ればMOOCが日本を変える」(山本理事インタビュー)

海外トップ大学のオープン講座をネットで日本語で、無料で学べるAsuka Academy(アスカアカデミー)。このAsuka Academyに関わっている方々のインタビューを通して全6回構成でご紹介する。

オンライン教育黎明期の出会い

上松:Asuka Academyはオンラインで学ぶものですが、山本理事の会社、株式会社マークアイさんはオンラインでの業務状況、いかがですか。
山本理事(以下、山本):マークアイはこの2022年の4月から、今後のコロナの動向とは関係なく週に2日の在宅勤務ができる制度を導入しました。
上松:それはすごいですね。
山本:実はコロナの前から在宅勤務を取り入れようと考えて準備していたんです。それで、2020年にコロナの状況が急速に悪化した際、それに対応するためにリモートワークに一気にシフトすることができたんです。
マークアイでは、コロナ前から一部の部署でVDI(仮想デスクトップ:Virtual Desktop Infrastructure) を在宅環境で使うテストをしていました。そのような最中にコロナが起こったので、急いで全社員がVDIを使えるように手配しました。緊急事態宣言の発令に間に合ったのでホッとしました。
緊急事態宣言が出ているときは週1日の出社体制で乗り切りました。最初はうまく仕事が回るか心配でしたけれども、コロナに背中を押されて思い切って実行してみたら仕事に支障がないことがわかったので、制度化することにしました。

上松:そんな先見の明があったんですね。Asuka Academyがスタートした頃はコロナなど予想だにしませんでしたよね。
山本:そうですね。Asuka Academyの最初の理事長の福原先生には2000年頃に初めてお目にかかりました。当時私が勤めていた東進ハイスクールでEラーニングを立ち上げることになり、NTTのグループ会社で開発部門を担当されていた福原先生に相談するために伺ったのです。
ちょうどブロードバンドが普及し始めるところで、福原先生は「いよいよEラーニングが実現可能になってきた」とおっしゃっていました。

上松:福原先生は明治大学の紳士的な教授のイメージが強いのですが、意外にバリバリのやり手のビジネスマンだったんですね。
山本:そうです。洞察力と見識の深さで図抜けた方という印象でした。その後、福原先生が明治大学で主催されていたMOOCの勉強会に参加するようになりました。
上松:そういうご縁があったんですね。
山本:そうなんです。このMOOCをぜひ日本でもやりたいですね、ということで最終的にはJMOOCへ、そしてAsuka Academyへ、という流れになったんだとうかがっています。
上松:今から考えるとオンライン教育のパイオニアですね。
山本:はい、その当時はオンライン教育の黎明期で、日本でEdTechの言葉が使われるようになる直前だったんですよね。デジタルハリウッド大学大学院の佐藤昌宏先生が2012年にEdTech Japan Pitch Festivalを始められて、レアジョブやすららネットなどのEdTech企業がプレゼンをして、その後どんどん大きくなっていったんですよ。あのピッチフェスティバルはスプリングボードになったと思います。

Asuka AcademyとJMOOCはコインの裏表の最強コンテンツ

上松:Asuka Academyができて8年経ちましたね。
山本:そうですね。当時、「日本語の壁」ということが言われていました。その壁に穴をあけて日本語の壁を取っ払う翻訳コンテンツとしてのAsukaAcademyは本当に重要だと思いました。そして、日本のコンテンツを世界中に広めるJMOOC、この2つはコインの裏表の関係だったのではと私は思いました。
上松:なるほど、そうですね。当時の記憶が蘇ってきました。
山本:Asuka Academyが大きく進化をとげたのは、翻訳ボランティアの幅が広がって高校や大学の学びの中に取り入れられるようになったことですね。広尾学園が翻訳ボランティア参加したことがきっかけになったと思います。私は、学ぶことはインプットではなくアウトプットをしたことで完結すると思うんです。ただ英語を理解したということでなく、英語を使って自分が興味、関心をもったことを学ぶ。これほど力がつく学習方法はないでしょう。
それともう1つはアダプティブラーニングが実現する可能性が拡がると考えています。学習者の個々の進度に合わせてきめ細かく教材を提供していく。わからない時にそのままにしないで、小中高の関係なくいつでも遡れる学習の仕組みがオンラインで実現できないか、と当時、私も考えていたんです。MOOCがその扉を開く可能性があるのでは、と考えたんですよね。なので、私はそういった観点でAsuka Academyに参画させてもらえたのは嬉しいことでした。

上松:アダプティブラーニングを実現するためには学習データは大事ですよね。先生方が気付かないこともデータを分析すると見えてくるように思うんですよね。
山本:当時、JMOOCは単に日本の学びを世界に発信するだけでなく、「学習者の学習履歴は日本で保存しなければならない」という考えがあったんですよね。そういった危機感というか。
Asuka Academyは素材提供だけでなく、データで色々と効果的な学習ができる方向に進化すると良いですね。例えばコンテンツを小中高大とカテゴリーに分けて学びやすくするとか。
上松:Amazonみたいに、これを勉強したら、これを学習すれば効果的でさらに知識がアップします、みたいなのが出ると面白いですよね。海外ではアダプティブラーニングをしている国はけっこうあるんですよ。以前訪問したデンマークなどもそうでした。卒業試験にもありましたし。
山本:そうなんですよね。最後に、日本で翻訳ボランティアの地図(図)これがボランティアのマークでいっぱいになったらすごいことだと思います。それもAsuka Academyの魅力ですね。

上松:そうですね、早く地図がマークでいっぱいになってほしいですね。そして日本の教育がグレードアップし世界に貢献できるようになれば素晴らしいことだと思います。
最後に、故福原先生に感謝してこのインタビューを終えたいと思います。
山本理事、どうもありがとうございました!

山本理事、中村理事とともに
(株式会社ネットラーニングの懇親会にて)

謝辞:世界のオープンエデュケーションの第一人者であり、Asuka Academy 設立から2019年まで理事長としてご指導いただき、Asuka Academyの発展に多大なご尽力をいただいた故福原美三先生に感謝申し上げます。
山本 忠宏 氏 プロフィール
株式会社マークアイ 取締役
野村證券にて海外部門の勤務を経て、東進ハイスクールを運営する株式会社ナガセでコンテンツの企画制作に携わる。

連載:海外トップ大学の授業が学べるAsuka Academy
第1回「MOOCの進化とオンライン教材の今」(重田理事インタビュー)
第2回「スキルアップへの活用とは」(中村理事インタビュー)
第3回「アメリカ導入時の状況からみたオープンエデュケーション」(青木理事インタビュー)
第4回「データドリブンの時代が来た」(深澤理事インタビュー)
第5回「翻訳プロジェクトを通じた未来人材の育成」(田名部教授インタビュー)
第6回「日本語の壁を取ればMOOCが日本を変える」(山本理事インタビュー)【本記事】
Asuka Academyよりお知らせ
ご寄付について
Asuka Academyは非営利のNPO法人です。
世界の優れた学習コンテンツを、日英字幕付きで、無償で提供を続けていきます。
オンラインで500円から寄附いただけます。
https://www.asuka-academy.com/donation.html
寄附された方には「Asuka Academy サポーターバッジ」を発行いたします。
オープンバッジ

●寄附ページ
https://syncable.biz/associate/AsukaAcademy/donate
ネットラーニンググループより
NPO法人Asuka Academyは、日本最大のeラーニング提供会社ネットラーニンググループの支援を受けています。ネットラーニングでは12,500以上の自社制作eラーニングコースを提供、累計学習者数は8,300万人を越えています。(企業情報)
ネットラーニンググループの主催により、来る7月20日~22日、「人材戦略フォーラム 2022」がオンラインで行われます。Asuka Academy も登壇します!ご参加無料。ぜひお申し込みください!
テーマは「DX時代 の企業の人材育成・活用と学校教育」。文部科学省、経済産業省、デジタル庁ならびに、DX企業銘柄、大学などさまざまな講演が一同に集結する、大規模オンラインフォーラムです。
お申し込みはこちら
Asuka Academy 理事
【会長】大久保昇(株式会社内田洋行 代表取締役社長)
【理事長】岸田徹(株式会社ネットラーニング 代表取締役会長)
【理事】青木久美子(放送大学 教授)
【理事】上松恵理子(武蔵野学院大学准教授)
【理事】加來賢一(株式会社クリエイティヴ・リンク ディレクター)
【理事】重田勝介(北海道大学情報基盤センター 准教授、OE Japan 代表幹事)
【理事】深澤良彰(早稲田大学 理工学術院 教授、大学ICT推進協議会 会長、JMOOC 副理事長)
【理事】堀田一芙(株式会社内田洋行 顧問、株式会社オフィスコロボックル 代表取締役社長)
【理事】村上憲郎(株式会社村上憲郎事務所 代表取締役 (元Google Japan 代表取締役社長))
【理事】山本忠宏(株式会社マークアイ取締役 COO)
【事務局長、常務理事】中村久哉(株式会社ネットラーニング 品質管理部 部長)
【監事】岸田敢(株式会社ネットラーニングホールディングス 代表取締役会長兼社長)
(50音順)

教育連載コラム―未来への戦略-

海外トップ大学の授業が学べるAsuka Academy 第5回「翻訳プロジェクトを通じた未来人材の育成」(田名部教授インタビュー)

海外トップ大学のオープン講座をネットで日本語で、無料で学べるAsuka Academy(アスカアカデミー)。このAsuka Academyに関わっている方々のインタビューを通して全6回構成でご紹介する。

第5回はAsuka Academyの授業を実際に大学で使っている田名部教授にインタビューを行った。

日本が抱える “未来に必要な人材” の育成課題

上松:田名部先生の大学にお伺いした時のことを覚えていますが、教育に関する色々な取り組みをされていて素晴らしいと思いました。さらにあれから進んでいますね。
田名部教授(以下、田名部):これからの時代のニーズに沿った人材を育成していかないといけないことは政府も認識しています。また、サイバーセキュリティやデータサイエンスといった分野も大事ということで、大学でも教育する方向にしないといけないとAsuka Academyに出会う前から感じていました。
実際、競争的資金への応募においても、数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度による認定を受けていることが求められるようになってきました。しかし、教育デザインにぴったり合う教材がない場合、その作成に時間を取られてしまうことが課題でした。大学としてはスピード感が必要と思っていました。

上松:確かに色々な問題が出ていますが、とにかく人材育成には時間がかかります。社会から求められる人材を育成しようとしても、そういった人材の不足はしばらく続くでしょう。また、人材育成を受けた優秀な方ですと、それなりの報酬がないと海外に流出してしまいますね。そういった意味では、人材育成にはもっとお金をかけなければならないと感じます。
田名部:日本の教育は、コスパの面から言えば群を抜いて良いという話がありますよね。一見いい話のように聞こえますが逆で、教員の多くは公共的使命感を持って教育に従事しますので、報酬以上に頑張ってしまうんですよ。日本は、教育や人材育成に携わる方々にもっと投資すべきだと思います。例えばシンガポールは、資源が少ないので経済発展のために人材育成を重視する政策をとっていますよね。
上松:日本もシンガポールのように未来に必要な人材をどんどん育成するべきですね。
ところで、先生は大学ではどのような分野で教育を展開されているのでしょうか。
田名部: いまのところ2つの柱があります。ひとつ目はビジネスや社会の課題に対する解決策を提供する情報システムの開発や利用に関わる技術的問題と行動的問題を、組織・マネジメント・情報技術の次元から探求する経営情報学と呼ばれる分野です。
ふたつ目は、現実世界の一部をモデル化し、そのモデルが作りだす世界の中で、人間が環境と相互作用しながら主体的に振る舞うことを通じてシミュレーションを進行させるゲーミングシミュレーションと呼ばれる方法論の経営課題や教育への応用です。

翻訳プロジェクトによる「共修」を授業に

上松:これは新しい分野ですね。さて、Asuka Academy の翻訳ボランティアをお知りになったきっかけと、取り組みにいたった経緯、期待した学習効果などについてお話をお願いします。
田名部:2015年6月のことです。そのとき、私は情報基盤センター長だったのですが、副センター長(当時)の徐浩源先生と一緒にAsuka Academy事務局の中村久哉氏とMITコンピューティング講座翻訳と活用に関する意見交換を行う機会がありました。当時、横浜国立大学は、学部によらず全学生が学ぶ全学教育としてアカデミック・リテラシー、シビック・リテラシー、情報リテラシーという3つの柱を実装する段階にあって、情報リテラシーの中で、プログラミング言語Pythonの導入的な内容を全学生に提供しようという計画がありました。

上松:当時、そのお話はお伺いしています。こういった様々なリテラシーの大切さは研究者としても実感しています。
田名部:Pythonを選んだのは、それが世界的に見て広く大学教育で使われつつあったからですが、Pythonを大学の標準プログラミング言語に位置付けようと狙っていた矢先に、Asuka Academyの中村理事から、MITのコンピュータサイエンスとプログラミング入門という科目の動画コンテンツの翻訳のお話をいただいて、「これだ!」と思いました。
最初、中村氏からは翻訳ボランティアの募集に協力してほしいというお話だったのですが、いろいろ話しているうちに、知識の背景やスキルが異なるチームによる翻訳プロセスを通じた共修を狙いとした授業科目のアイデアが浮かびました。それで、2015年10月から、ICTナレッジマネジメント・コラボレーション(略称 ICT KMC)という一風変わった名前の科目を開講することになりました。
上松:授業のアイデアが浮かんでから実際の開講まで、ものすごく早いですね。
田名部:ええ。急な開講でしたから学生からの認知度も低いだろうと考えて、受講者を募るためのプロモーション動画を映画研究部に作成してもらいました。開講以来、受講生は複数の学部にまたがり、また留学生も参加してくれて、とても多様性の高い授業環境となりました。
そして開講してから4年後の2018年度には、中国の大連理工大学の先生にも協力してもらって、2大学で翻訳を行い相互にレビューするという国際連携教育も実践しました。
またコロナ禍では、聴覚に障がいのある学生さんの学修を支援するために特別な体制整備と環境構築を行なって、オンラインによる授業運営も行ないました。
国際共修教育や教育におけるダイバーシティ対応など様々な経験知を獲得することができました。

「ICTナレッジマネジメント・コラボレーション」とは

上松:「ICTナレッジマネジメント・コラボレーション」の授業ではどんなことをされていらっしゃるんですか。
田名部:この科目は、MITやスタンフォード大学などのオープンコースウエア(OCW)、最近ではOER (Open Educational Resources)と呼ばれているオープンな教育資源として提供されている動画コンテンツに日本語字幕をつける翻訳プロジェクトへの参加を通じて、プログラミングや統計学などの個別領域の知識、プロジェクト・マネジメント基礎スキル、ICT利活用スキル、コミュニケーションスキル、ナレッジマネジメント・スキル、コラボレーションスキルなどを獲得させることを意図しています。
受講生の授業への取り組み成果が社会貢献につながる授業をやりたいと思っていたところに、Asuka Academyさんからの翻訳ボランティアのお話をいただき、受講生が翻訳プロジェクトに関わるという授業デザインを考えました。

上松:グッドタイミングだったんですね。
田名部:この授業では、これまで多くの留学生が日本人学生とチームを組み翻訳プロジェクトに参加してきました。その意味では、本学のグローバル教育にも微力ながらその役割を果たしていると考えています。
上松:どんな方法で授業を進めているのですか。
田名部:基本、MITの動画コンテンツの内容に関しては、学生から質問があってもすぐに教えはしません。むしろ、疑問や課題の解決へのファシリテーションに徹します。
上松:素晴らしいですね。評価はどのようにされるのでしょう。
田名部:評価は、プロセス評価およびグループによる最終プレゼンテーションで行なっています。最終プレゼンテーションでは、授業を通じて何を学んだかをルーブリック評価項目に合わせて発表してもらい、質疑応答を行います。
上松:受講生からの授業に対する評価はどうですか。
田名部:MITの授業がとても良くできていて、すでに多少知っている内容についても、授業で取り上げられた事例とその説明によって対象への理解をより深められる、という声が例年聞かれます。MITの授業は、教員の視点から見ても良く考えられていて学ぶべき点は多いと感じます。
また翻訳という作業は、英語としての意味理解以上に、語られている内容をしっかりと理解したうえで行わないと適切な訳をつけられません。そのため翻訳という作業自体が、対象に対する深い理解に寄与していると思います。
一方で、英語自体の意味理解が授業内容と一致しないことも多々あります。英語文のさまざまな解釈の可能性を、専門分野や得意分野が異なる受講生同士で探るというプロセスもまた、英語力の向上に一役買っていると思われます。ただし、これらの教育効果を主張するには、精密な検証が必要ですが。
授業の中では、効率的な翻訳作業に関する獲得した知識も積極的に共有させていて、チーム作業や自身の学びを一段階上の視点から見る機会も設けていますので、それに関する気づきもあるようです。

上松:翻訳プロジェクトでは、多様な学びが得られるんですね。学びのプロセスから得られた成果物がまた他者の学びのために使われるというのも面白いと思います。


既存事例ページもご参照ください。
https://www.asuka-academy.com/case/index.html
参考ページ
Asuka Academy トップページ
中学生・高校生向けコンテンツ
各種事例
翻訳ボランティア募集
寄付のお願い
修了証書と「オープンバッジ」の発行
田名部 元成 氏 プロフィール
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院教授、学長補佐。経営学部および大学院国際社会科学府経営学専攻において、経営情報学とビジネスシミュレーション関連科目を担当。全学教育では、グローバル教育、数理・データサイエンス教育にも携わる。
《横浜国立大学:大学紹介》
神奈川県下にあった神奈川師範学校、神奈川青年師範学校、横浜経済専門学校、横浜工業専門学校を母体として設置された。学部は、教育学部、経済学部、経営学部、理工学部、都市科学部の5学部で構成。大学院は教育学研究科、国際社会科学府・国際社会科研究院、理工学府・工学研究院、環境情報学府・環境情報学研究院、都市イノベーション学府・都市イノベーション研究院、先進実践学環の6大学院が設置されている。

教育連載コラム―未来への戦略-

海外トップ大学の授業が学べるAsuka Academy 第4回「データドリブンの時代が来た」(深澤理事インタビュー)

海外トップ大学のオープン講座をネットで日本語で、無料で学べるAsuka Academy(アスカアカデミー)。このAsuka Academyに関わっている方々のインタビューを通して全6回構成でご紹介する。

これまでに何度か登場しているキーワード「MOOC」とは、Massive Open Online Courses(大規模公開オンライン講座)の略であり、 2012年より米国からスタートし、 世界中で約1億100万人以上が受講している。オンラインでの登録だけで、好きな講座を誰でも無料で、オンデマンド形式で受講できる。
またコース修了認定基準を満たすと修了証が交付され、近年はデジタルバッジ化されてきている。なおJMOOCとは、2013年11月に設立された「一般社団法人 日本オープンオンライン教育推進協議会」のことである。
今回は早稲田大学教授で大学ICT推進協議会の会長でもあり、日本オープンオンライン教育推進協議会副理事長の深澤良彰先生にインタビューを行った。

DXの課題とは

上松:深澤先生がAsuka Academyの理事になられたことは光栄でさらにパワーアップしたと感じております。きっかけはどんなことでしょうか。
深澤先生(以下、深澤):多くの人に小中高、大学生から社会人まできちんとした教育を安価にというのがAsuka Academyの一番の目的であり、素晴らしいと思ったことです。

上松:確かにマッシブ=多くの方々にオープン=無料で安価に届くのが一番だと感じます。これは素晴らしいことですよね。
深澤:実は、私の専門はソフトウェア作りなんです。
上松:深澤先生の専門のお立場では、こういった社会貢献に関わることでどんなことを感じていらっしゃいますか。
深澤:大学では色々な課題がありますが、最近、世の中がかなり変化してきましたよね。DXがキーワードとなって盛り上がってきました。しかしDXの定義は色々ありますし、どうも懐疑的です。
むしろこれからは「データドリブン(データ駆動)」が必要なキーワードではないかと思っています。政府もAI(人工知能)のサイエンティストの養成が大事で、これからはそのようなスキルをつけましょうということも言っています。
上松:データドリブンとはデータ駆動のことですね。
深澤:はい。大学でもデータ駆動教育や研究が大事だと言われてきています。データ駆動教育とは、LMSでデータを集めてその情報をフィードバックし、データに従って評価やアドバイスができるものです。
上松:今の日本のDXの課題は何でしょう。
深澤:DXの定義が十人十色で、皆違う意味で言っているのが問題です。
上松:そうですね。紙をPDFにしたらDX、データを取ったらDX、そのデータを使うことがDXなどと、定義が色々でなんでもかんでもDXといった風潮は確かにありますよね。DXは段階を踏むといった説明を聞いたこともあります。
深澤:そうです。あちこちで使われていますが、そのコンテクストや文脈が違います。経営での話をする人もいればテクニカルの話をする人もいる。そのために国は何を進めているかというと、データサイエンティストを養成することが必要だと言っています。
データを取れても何を抽出すればよいかわからない。データを使える人が必要だと感じます。だからデータドリブンが大事だと感じます。

深澤良彰先生

研究の世界でも必要となっている「データドリブン」

深澤:授業だけでなく、研究の分野でもデータドリブン研究というのがあります。
オープンサイエンスとは、論文の中に「◎◎が10倍になりました」という提示をするだけではなくて、こういう元データを取れたという証拠を論文の中だけではなくオープンな場へ提出しましょうというものですね。オープンデータとなれば、次の研究をする人はそのデータをもらって、データを使って研究をするという考えです。
ある研究者が研究を辞めたけれど、必要となる人はその先の研究をする。それがデータ駆動型、データドリブン研究となるのです。
上松:日本の研究室は大勢の大学の先生がご退官されて研究室を閉じると、研究室まるごとデータを消去してしまうのがもったいないし不思議に思っていました。なぜ何十年にも渡って研究の成果となっているデータまでも消去して辞めていかれる先生方が少なくないのでしょうか。それは日本にとっても世界にとっても損失ですよね。

深澤:データをきちんと溜めて、必要となった人がいればその先の研究ができるのがデータドリブン型の研究ですよね。これが難しいのは、大学の先生の考え方かもしれません。若い頃からの研究のやり方、自分がやめたら自分もデータはいらないだろうと思う先生がまだいるのだと思います。つまり、先生方のメンタリティにもあるかもしれません。
上松:非常にもったいないですね。
深澤:教育データも同じですよね。LMSに溜まっているデータをいかに広く集めて、分析し、皆で使っていくかということが大事ですね。

データサイエンティストのマインド育成も重要

上松:深澤先生の仰せのように、データありきの時代ですから政府もデータサイエンティストの必要性は感じていると思います。しかしデータの分析以前に、まずはどんなデータを抽出するか。その切り取り方法には社会を知り、社会学的な物の見方、考え方やその背景を見ることなど、色々な幅広い知識が必要なのではと感じています。
深澤:そうですね。両方が必要です。もちろん統計学を知らなければならないのでこれは手段として必要だと思いますし、広い意味では、社会的にどういう意味があってどうして分析しなければならないか、っていう方も重要です。つまり両方ないとダメだと思っています。
上松:いかに大事なデータだとわかっていても分析方法を知らなければだめですね。
深澤:はい。それと、やはり分析方法だけわかっていてもそれをどういう風に使うかわからないとダメなんです。例えば、絵心という言葉がありますよね。絵を描くときに筆や絵の具を用意するだけでなく、絵心をもって物事を見ることが必要だと思います。
それと同じように何が必要かというと、データサイエンティストマインドが必要ですね。あ、絵心に対称させると、データサイエンス心を養う必要があります。
3番目の要素としては、社会的なニーズに対してどうやって分析すればよいかということが大事なんですね。
実際、統計などは大学に行っても勉強できる。でも絵心とかデータサイエンスマインドというのは急には養成できない。子供の頃からそういうマインドを養成していかないと、片寄ったデータサイエンティストだけになってしまうことを懸念しています。Asuka Academyの講座は心を養う、マインドを養うための道具としても有効ではないかと思っています。
上松:同感です。分析するように言われたままにやってスキルだけついてもしかたないということですよね。
深澤:大学入試なども偏差値という統計的な手法を使っていますよね。マインドを見ることも大事だと思います。日本の特徴はいくつかあります。例えば、日本の場合、高等教育が簡単に受けることができる。それなりに収入もあり無償化や奨学金もあります。一方で、まだまだ終身雇用があります。
上松:定年まで右肩上がりでお給料が上がっていくという大企業もまだありますね。
深澤:はい。そうすると勉強しようとするモチベーションがあがらない。
アメリカなどは雇用の流動性があり、動こうとするとそれなりの知識が必要となってきて勉強するモチベーションが高いことがあります。日本のように1つの会社でずっと勤めるというのは違います。
MOOCなどのスキルアップに繋がる教育にとってはマイナスのファクターですが。
上松:海外ではニーズに応じて自分の知識やスキルアップとして受けていますが、日本だと教養になるといった目的での受講もありますね。AIなどの分野もそうですが、日本においても更新すべき新しい知識を必要とするので学び直しは必要ですよね。
深澤:学び直しをしようとする人はOECD諸国と比べれば少ないのが現実です。
上松:イギリスとアメリカはすごい数ですし、全体でも1億人を超しているんですね。
深澤:学校の先生方も学び直しは大事ですね。会社を移動しなくてもジョブ型人事というのがあるので、それは今後期待したいと思っています。あとはMOOCで学んだことを大学や企業が評価してくれないといけないと思います。この点は大事だと思います。
上松:Asuka Academyのオープンバッジなど、就職の時に見てもらえて有利になると良いですね。
深澤:就職した後でも見てもらえると良いですよね。
上松:就職後も給料体系に反映されるともっと良いですよね。教育学で授業に生かせる知識として博士号を取っても高校の教員の給料には反映されなかったです。
深澤:そこは変わらないとダメだと思っています。
大学のIT環境の現状も踏まえて、これからの時代の教育を考えていく必要があると思います。
上松:大学ICT推進協議会会長のお言葉、とても重みがあります。今日はどうもありがとうございました。

深澤 良彰 氏 プロフィール
早稲田大学教授。大学ICT推進協議会(AXIES)会長のほか、日本オープンオンライン教育推進協議会(JMOOC) 副理事長、情報処理学会 企業認定審査委員会 委員長、実務能力認定機構(ACPA) 理事長、国立情報学研究所 運営会議 副会長、CAUA 会長、文部科学省 情報委員会 主査代理 を務める。
また文部科学大臣表彰のほか、下記を受賞。
・2020 2nd International Conference on Computer Communication and the Internet (ICCCI), Best Presentation Award
・第16回日本e-Learning大賞 IT人材育成特別部門賞
・情報処理学会 コンピュータサイエンス(CS)領域功績賞
・情報処理学会 ソフトウェア工学研究会 卓越研究賞
・IMS Japan賞 特別賞
・日本工学教育協会 工学教育賞 など
Asuka Academy 理事
【会長】大久保昇(株式会社内田洋行 代表取締役社長)
【理事長】岸田徹(株式会社ネットラーニング 代表取締役会長)
【理事】青木久美子(放送大学 教授)
【理事】上松恵理子(武蔵野学院大学准教授)
【理事】加來賢一(株式会社クリエイティヴ・リンク ディレクター)
【理事】重田勝介(北海道大学情報基盤センター 准教授、OE Japan 代表幹事)
【理事】深澤良彰(早稲田大学 理工学術院 教授、大学ICT推進協議会 会長、JMOOC 副理事長)
【理事】堀田一芙(株式会社内田洋行 顧問、株式会社オフィスコロボックル 代表取締役社長)
【理事】村上憲郎(株式会社村上憲郎事務所 代表取締役 (元Google Japan 代表取締役社長))
【理事】山本忠宏(株式会社マークアイ取締役 COO)
【事務局長、常務理事】中村久哉(株式会社ネットラーニング 品質管理部 部長)
【監事】岸田敢(株式会社ネットラーニングホールディングス 代表取締役会長兼社長)
(50音順)

教育連載コラム―未来への戦略-

海外トップ大学の授業が学べるAsuka Academy 第3回「アメリカ導入時の状況からみたオープンエデュケーション」(青木理事インタビュー)

海外トップ大学のオープン講座をネットで日本語で、無料で学べるAsuka Academy(アスカアカデミー)。このAsuka Academyに関わっている方々のインタビューを通して全6回構成でご紹介する。

第3回では青木理事にインタビューを行った。

オープンエデュケーションと放送大学

上松:放送大学とMOOCの授業、OCW(オープンコースウェア)など、なかなかすみ分けがわからないという人もいるのではないかと思うのですが、その点いかがでしょうか。
青木理事(以下、青木):そうですね。放送大学とAsuka Academy両方に関わりを持っている私としては、全ての人に高等教育の機会をという信条を持っています。
上松:素晴らしいですね。
青木:放送大学では、学部生でも卒業研究を履修して、教員の細かい指導のもとで研究を進めることができます。また、単位取得や学位修得の目的以外でも学びたいから放送大学に入学するというパターンも多いです。
上松:私も教員をしながら、放送大学の夏休みの集中授業で司書教諭科目履修生になり資格を取りました。当時は新潟に居たのですが、新潟の放送大学学習センターには授業を収録したビデオが大量に置いてあり、科目履修生でも自由に視聴できました。

青木:学習センターは全国にありますね。幕張には宿泊施設もあります。大学院課程では指導教員がつきます。修士課程では、科目履修生として必要単位を取得し、その上で全科履修生として入学してくる学生もいます。そうすると教員のきめ細かい指導のもとでみっちり2年間修士論文の執筆に専念できます。
上松:放送大学では多くの教員の動画があり、日本で最高レベルの先生の授業を受けることができると思っています。幕張で宿泊もしました。新潟では朝、放送大学学習センターに行き、1日中、ビデオを取り替えながら視聴し、レンタルして車の中でカセットテープを聴き、家ではまたビデオを見るという勉強漬けになった時期もありました。
特にメディア論の授業にハマったのですが、ビデオを視聴するだけで東京大学の学生ではない私が、東京大学で教えられていた水越伸先生の授業を受けることができるのですから、胸が熱くなるくらい感動しましたし、かなりお得な感じもありました。せっかく勉強したのだから大学の単位に全て互換されると良いな、とも感じました。
青木:単位を取るという点でも放送大学は良いですね。海外だとMOOCの講座を修了し、それを単位互換して大学の単位にすることができるんです。日本はまだそうなっていませんから。
上松:それは良いですね。私もボストンに居る時にハーバード大学とMIT、ボストン大学の単位互換の話を聞き、これから日本の大学でも進むのではと感じました。

オープンエデュケーションがスタートした時の反響

青木:そうだったんですね。それで、その当時のボストン大学の同僚は教材公開についてとても驚いていました。講義ノートや講義ビデオを公開してしまったら、大学に学生が来なくなってしまうのではないかと。
上松:当時ハーバード大学でも5%の教員が自分の授業をオープンにするなんて絶対反対と言っていましたから、大学にとっては結構大きな出来事でしたね。
青木:当時のMITの学長は「教育は学生とのインタラクションが大事」と言っていました。教材を提供することが教育なのではなく、個々の学生たちが講義の内容を理解できるようインタラクションを行い、それをどう証明してもらうかが大事ということでした。
教員の尽力するべきことは教材を作るところではないということがオープンエデュケーションのあるべき姿だという考えから来ているという話でした。私も学生は多様ですので、個々の学生のニーズに合わせて教材を活用するほうに注力するのが大事だと感じます。

セミナーに登壇する青木理事

個別最適化の必要性

上松:その当時のアメリカでは、教材は1つの大学で作るよりも色々使うことも大事だという考えからきていましたよね。素晴らしい教材さえあれば、良い教育を提供することができますね。合理的な考え方だと感じます。
青木:学生にどう理解してもらえるかを考えることは教員の大事な役目でありますね。米国で長年教えてきて痛感しましたし、様々な教員の声を聞くことができました。
上松:青木先生はいつ頃アメリカにいらっしゃったんですか。
青木:1986年から2003年まで居ました。教材を自前で作るよりも、良い教材を活かしながら教えることは大事だと感じました。かかえこみで教員が全部作る必要はないと思います。もっと色々流通させるべきですね。日本の文化だとけっこう抱え込んでしまう部分がありますね。
上松:いきなり休講になって、1時間目から6時間目まで全て手作りしている先生がいらっしゃいました。日本の場合はそれを素晴らしいという風潮がありますね。もちろん私はそれができる先生は素晴らしいと思いますが、反面、例えば公開されているクオリティの高い教材を使い、学習者の理解が進むことを一番に考えることは必要だと感じます。また、データドリブンでどういった教育をさせるかは考える必要があるとは思います。ただ、人が介入しないのはどうかな、とは思うのですが。
果たしてその分析があっているのかとも思ってしまいます。その点いかがでしょうか。

青木:AIでアシスト出来る部分はありますが、それに頼りすぎてはいけないですね。
ただ、教材をどう系統的に学ぶか、個別最適化には使えますね。表面的に教材の順番を変える、教材を選ぶとかだけでは、個別最適化とは言えないと思います。小中校大と系統的にやることが大事です。
肝心なことは、生涯に渡って個人の好奇心を伸ばしていく個別最適化ができ、その最適化を上手に生かせる教育が欲しいですね。アスカアカデミーの教材があることで、こういうことを知りたいと検索したら、その知りたいことが出てくるAIの仕組みがあったら良いと思います。

幅広い知識と教養を持つことが必要な時代

上松:これから多くの教材や色々なメディアを視聴することで、幅広い知識と教養を得ることができそうですね。最近ではウクライナ情勢の報道を目の当たりにして、なぜと思うことが多かったです。
青木:実は非常勤で教えている神田外語大学で、ハンガリーとの交流授業を12年間やっているのです。今年はウクライナ情勢の話も出ました。西側諸国の経済制裁についての感想は様々あり驚いた点もありました。ご存じのようにハンガリーには複雑な歴史があり、ドイツにも侵略されていた時代があるためこれらの歴史的な背景も理解する必要があると感じました。

上松:書店によってロシアの歴史を勉強する人も増えてきているそうですね。ロシア側からみた論理や中国との関係性が欧州には各国の事情を知る上では大事なのですね。が、各国のメディア報道が違うとメディアの受け手の考え方にも影響が出ることがわかったと感じます。
青木:情報をどう受け取るかは学生同士のコミュニケーションからみえてきたものがありました。1つの国のメディアだけで物事を判断するという時代ではないですね。今は色々な情報技術で世界の情報にアクセスできますから。
上松:まさに先生のご専門の分野ですね。情報通信技術から得た知識を教育に反映し、私たちの生活にどのように生かせるのかが大事ですね。

青木 久美子 氏 プロフィール
米国ウィスコンシン大学で修士課程、米国ハワイ大学で博士課程を修了後、ロチェスター工科大学で3年、ボストン大学で5年半、教鞭をとる。その後、2004年に帰国してメディア教育開発センターでeラーニングや教育におけるICT活用の調査研究を、2009年からは放送大学にて、学部科目「日常生活のデジタルメディア」、大学院科目「eラーニングの理論と実践」「情報とコミュニケーション」を担当。放送大学におけるオンライン教育の推進や、同時双方向Web授業(ライブWeb授業)の推進役を務める。
Asuka Academy 理事
【会長】大久保昇(株式会社内田洋行 代表取締役社長)
【理事長】岸田徹(株式会社ネットラーニング 代表取締役会長)
【理事】青木久美子(放送大学 教授)
【理事】上松恵理子(武蔵野学院大学准教授)
【理事】加來賢一(株式会社クリエイティヴ・リンク ディレクター)
【理事】重田勝介(北海道大学情報基盤センター 准教授、OE Japan 代表幹事)
【理事】深澤良彰(早稲田大学 理工学術院 教授、大学ICT推進協議会 会長、JMOOC 副理事長)
【理事】堀田一芙(株式会社内田洋行 顧問、株式会社オフィスコロボックル 代表取締役社長)
【理事】村上憲郎(株式会社村上憲郎事務所 代表取締役 (元Google Japan 代表取締役社長))
【理事】山本忠宏(株式会社マークアイ取締役 COO)
【事務局長、常務理事】中村久哉(株式会社ネットラーニング 品質管理部 部長)
【監事】岸田敢(株式会社ネットラーニングホールディングス 代表取締役会長兼社長)
(50音順)

教育連載コラム―未来への戦略-

海外トップ大学の授業が学べるAsuka Academy 第2回「スキルアップへの活用とは」(中村理事インタビュー)

海海外トップ大学のオープン講座をネットで日本語で、無料で学べるAsuka Academy(アスカアカデミー)。このAsuka Academyに関わっている方々のインタビューを通して全6回構成でご紹介する。今回の第2回では中村理事にインタビューを行った。

グローバルな学びのエコシステム

上松:中村理事とは立ち上げの時からご一緒でしたね。現在の状況はどんな感じでしょうか。
中村理事(以下、中村)コロナ禍のころから受講生が急増し、あっという間に10万人を越えました。Asuka Academy 2021年度活動

上松:もうそんなにですか。
中村:在宅の中で学びへの意欲が自然発生し、グローバルな学びへのニーズが高まった中で、口コミで知っていただきご利用いただいているようです。

上松:これだけ増えていますが、どのような方の利用が増えているのでしょうか。
中村:いままでの生涯学習・社会人学習的な使われ方に加え、とくに中高生の利用が増えているように思えます。なお翻訳ボランティアも急増し、のべ2,700名を突破しました。

翻訳しながら課題解決能力が向上する

上松:すごいですね。どのような取り組みが行われていますか。
中村:Googleドライブを使ってオンラインで、いつでもどこでも、空き時間で取り組めるという手軽さがあります。特に今はコロナ禍で「自分も世の中のために役に立ちたい」という気持ちの方が増えているようです。
またボランティアでいうと、高校生・大学生はこれもコロナ禍のため留学や海外研修、グローバル教育などが困難になったことから、その代替活動として取り組まれているようです。とくに高校では多くの有志による参加が増えています。SDGsなどの社会課題に関する題材を扱う場合、背景知識の学習もふくめ、単に翻訳にとどまらない、探究学習としての面を含めた総合的な取り組みになっている学校も多いですね。

ボランティア参加校マップ
https://www.google.com/maps/d/u/0/viewer?mid=1BDi869KRsQaS56UHeIKjzhVhvjcKiD1y

英語教材としての活用

中村:ボランティアには証明書やオープンバッジを発行しており、高校ではAO入試の付属資料、大学では就職活動の面接話題などに活用いただいています。
また、昨今の取り組みとしては、全国に多く立ち上がっている学習支援現場との協働が始まりつつあります。経済的な事情で塾に通えない子どもたちのために、主に大学生を中心とした「無料塾」という学習支援現場が急増していますが、Asuka AcademyもSDGsや英語ニュース、サイエンス動画、さらにはMITやYaleの大学講義まで、優れたグローバル動画教材を多様に提供し無料でご利用いただくことで、子どもたちの未来を世界に広げていく役割を果たしていければと思います。
上松:素晴らしいですね。どんな活用法がありますか。
中村:「英語教材としての活用法」があります。いろいろな先生方から教えてもらった内容でこんなものがありました。
Asuka Academyの動画教材は、日本語・英語の字幕が個別にオンオフできますし、また、字幕をクリックすると任意の箇所で直感的に頭出しができます(聞き直しや飛ばし聞きが容易)。
この特徴を使って語学教育で効果的に用いることができます。例えば、まず日本語字幕だけで数回見てストーリーやコンテキストを把握し、英語字幕だけで字幕を頼りに英語を聞き取るディクテーション予備練習をしてみるなどの活用方法です。
上松:確かにそういった使い方もできますね。

中村:英語で英語を理解する練習(第一段階)、字幕なしで英語で英語を理解する練習(第二段階)。
アウトプットはディクテーション練習のほか、日英字幕両方を表示し対比することでボキャブラリーやイディオム、英語ならではの表現などを味わい理解することで学べます。なおサイエンスやプログラミングなどの動画にはなかなか教科書に出て来ない語彙も多いため役に立ちます。
その他のアウトプットとして、気になった単語や熟語、イディオム、表現を書き出して発表することもあります。
さらには調べ学習もできるんです。
上松:どんな活用法でしょうか。
中村:社会課題やサイエンスなどの題材の場合、背景知識を調べる際やSDGsなどに最適です。
まずは教科書で調べたり、あとは図書館で本を借りたり、インターネットで調べたりすることで背景知識を理解した上で改めて動画を見てみる(インプット)と、背景知識を踏まえることができますので、そのレベルで動画から得られたことは深い学びになりますし、動画をみてさらに広がった興味関心を発表する(アウトプット)という方法も良いかと思います。英語でのプレゼンテーションもありですよね。
上松:素晴らしいですね。この学習法は確かに目的のあるコンパクトな動画が適していますね。
中村:例えば、「AFP WAAのSDGsや英語ニュース教材」「MIT+K12のサイエンス動画」「OU(オープンユニバーシティ)の教養ビデオ」などが良いと思います。
上松:貴重なお話をいただきありがとうございました。教材を視聴する方法も色々あり、これらも含めて様々なスキルアップへ期待できることがわかりました。

参考ページ
Asuka Academy トップページ
中学生・高校生向けコンテンツ
各種事例
翻訳ボランティア募集
寄付のお願い
修了証書と「オープンバッジ」の発行
中村 久哉 氏 プロフィール
NPO法人Asuka Academy 常務理事・事務局長
株式会社ネットラーニング 開発本部 品質管理部 部長
Asuka Academy 理事
【会長】大久保昇(株式会社内田洋行 代表取締役社長)
【理事長】岸田徹(株式会社ネットラーニング 代表取締役会長)
【理事】青木久美子(放送大学 教授)
【理事】上松恵理子(武蔵野学院大学准教授)
【理事】加來賢一(株式会社クリエイティヴ・リンク ディレクター)
【理事】重田勝介(北海道大学情報基盤センター 准教授、OE Japan 代表幹事)
【理事】深澤良彰(早稲田大学 理工学術院 教授、大学ICT推進協議会 会長、JMOOC 副理事長)
【理事】堀田一芙(株式会社内田洋行 顧問、株式会社オフィスコロボックル 代表取締役社長)
【理事】村上憲郎(株式会社村上憲郎事務所 代表取締役 (元Google Japan 代表取締役社長))
【理事】山本忠宏(株式会社マークアイ取締役 COO)
【事務局長、常務理事】中村久哉(株式会社ネットラーニング 品質管理部 部長)
【監事】岸田敢(株式会社ネットラーニングホールディングス 代表取締役会長兼社長)
(50音順)

教育連載コラム―未来への戦略-

海外トップ大学の授業が学べるAsuka Academy 第1回「MOOCの進化とオンライン教材の今」(重田理事インタビュー)

海外トップ大学のオープン講座をネットで日本語で、無料で学べるAsuka Academy(アスカアカデミー)。このAsuka Academyに関わっている方々のインタビューを通して全6回構成でご紹介したい。
筆者は2013年5月設立準備開始から関わり、2014年4月1日のNPO法人Asuka Academyとしての立ち上げ時から現在まで理事を務めている。

第1回は重田理事、第2回は中村理事にお話を伺った。重田理事は北海道大学准教授であり、日本のMOOCOERについて最前線のご研究をされている。
筆者もボストンでMOOC調査をした時に色々と情報交換をさせていただいた関係で、コロナ後の話も含め色々とお話を伺った。中村理事は立ち上げから故福原先生の片腕として事務局を支えている。

MOOC

MOOCとはMassive Open Online Courseの略で、直訳すれば「大規模公開オンライン講座」。インターネット上で、どこでも誰でも無料で受講できる授業のことを指します。(webページ「MOOCによって、「学ぶ」と「働く」が分けられなくなる時代がやって来ます | 2030年の「働く」を考える」より抜粋。閲覧日:2022.4.14, https://www.recruit-ms.co.jp/research/2030/opinion/detail18.html)

OER

オープン教育資源(OER)とは、パブリック・ドメインとなった、又はオープンライセンスの下で公開されている著作権のあるあらゆる形式及び媒体の学習、教育及び研究の資料であって、他の者による無料のアクセス、再使用、別の目的のための再利用、改訂及び再配布を認めるものをいう。(webページ「オープン教育資源(OER)に関する勧告:文部科学省」より抜粋。閲覧日:2022.4.14, https://www.mext.go.jp/unesco/009/1411026_00001.htm)

海外の受講年齢は若年層の傾向

上松:重田先生はMOOCについてもご著書を出版されていて(ネットで学ぶ世界の大学 MOOC入門)この分野の第一人者でいらっしゃいますが、ここ10年を振り返ってどんな変化が起こっていると思われますか?
重田理事(以下、重田): MOOCはコロナ禍をへて、再び受講者が増えてきています。傾向としては、海外では無料だけでなく有料の講座が増えてきたということですね。受講の時にコンテンツ料を支払う形や、サブスクみたいに月々支払う形もあります。また、無料で視聴できるけれども、修了証を取ったりテストを受けたりという時に支払いが発生する、要するに能力証明に課金をする形もあります。
上松:当時もそういった後課金はありましたが、サブスクなども出てきているのですね。
重田:私もCourseraというMOOCを有料で受講しました。
上松:MOOCのマッシブな、オープンで無料なオンラインコースでは無くなってきたんですね。
重田:昨年、大手のMOOCプロバイダであるedxは2Uというオンライン教育企業に買収されました。企業に買収されるということはそれなりの市場価値を持つと言えます。MOOCプロバイダは多くの講座と受講者を抱えています。
当初MOOCは高等教育のビジネスモデルを変えるのではと恐れられていましたが、結果的にはそうではなく、最初は無料で講座を開講することで成長し、現在はそれらを有料で提供し、持続的に運営を続けています。
上松:日本の、無料で誰しもが学べるJMOOCとは様相が異なってきたのですね。アカデミックコモンズとどう差別化するのでしょうか。MOOCやOERの違いについて聞かれることがありますね。

重田:OERは寄付財団や政府などの財政的な下支えがあり、学習者には課金しません。MOOCは学習者に小額の課金をしたり、MOOCを学生や従業員の育成に用いる大学や企業等に有償で提供することで、BtoCまたはBtoBのビジネスを行っています。また、OERは教育機会の均等化に貢献するという社会的価値が重視される一方、MOOCは学習者に能力証明を与えることで人材育成や雇用の流動化に貢献しているともいえるでしょう。日本のMOOCは海外と比べてシニア層の受講者数が多く、教養を身につける機会として活用されているという特徴もありますね。

上松:私の知り合いにも定年されて趣味的に哲学を受けようという人もいます。日本の場合、就職に有利というのはまだないのでしょうか。

重田:仮に今後、日本の雇用習慣において職務の具体的内容(ジョブ・ディスクリプション)が明確化されるようになると、MOOCで得られた能力証明をうまく活用する事例が増えてくるかもしれません。

オンライン授業にも使われているMOOC

上松:これだけ多くの授業を見ることができるので授業研究にも使われてると良いですよね。塾に行けないケースや家を出れない子どもたち。学校でいじめにあった人たちの教育機会を提供しているんですよね。
重田:国内外で、MOOCを教材としてうまく活用してオンライン授業を行った事例が多々あります。
私が所属する北海道大学でも、コロナ禍以前に制作したOERやMOOCを使った先生方がおられました。
初等中等教育向けの教材は十分とは言えませんね。昔はNICER(教育情報ナショナルセンター)があったのですが、2011年に運用が終了してしまいました。

上松:NICERが無くなった時には暗澹たる気持ちになりました。それは困りますよね。
海外だと自治体レベルでNICERがしっかりあって図書館でもリポジトリが一番と考えている所もありますね。ボストンもそうでした。

Asuka Academy

重田:Asuka AcademyはNPOとして社会貢献活動を行う団体で、我が国において教育の機会均等とインクルーシブな社会を実現するために、非常に重要な役割を果たしており、社会的意義も大きいと思います。
国内の初等中等教育においても、オンライン教育を活用している事例が増えています。私が関わっている取り組みでは、北海道内の道立高校が文部科学省の研究開発学校の指定を受け、教師の数が少ない高校において多様な授業を受講できるようにするため、遠隔授業を定常的に実施しています。北海道のような広域性の強い地域では、生まれた地域に囚われず多様な教育機会を確保することが課題になっています。オンライン教育はこのような課題の解決になりうると思います。
上松:学習効果はいかがでしょうか。
重田:対面授業と遠隔授業を、学習内容の理解度や生徒の自己調整学習の定着度の観点から比較する調査を継続的に行っていて、結果、遠隔授業の学習効果は対面授業に遜色ないという結果が得られています。
上松:最後に一言、Asuka Academyについてお願いします。
重田:Asuka Academyを支えているのは多くの翻訳ボランティアです。より多くの方にボランティアとして参加していただき、活動を盛り上げていただきたいですね。

重田勝介氏 プロフィール
北海道大学情報基盤センター准教授,同大学高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター副センター長。博士(人間科学)。高等教育におけるICT活用教育の調査分析や,オープン教育資源(OER)や学習履歴データを活用した教育改善に関する研究に従事する。
オープンエデュケーション・ジャパン代表幹事。日本教育工学会理事。AXIES ICT利活用調査部会主査。
Asuka Academy 理事
【会長】大久保昇(株式会社内田洋行 代表取締役社長)
【理事長】岸田徹(株式会社ネットラーニング 代表取締役会長)
【理事】青木久美子(放送大学 教授)
【理事】上松恵理子(武蔵野学院大学准教授)
【理事】加來賢一(株式会社クリエイティヴ・リンク ディレクター)
【理事】重田勝介(北海道大学情報基盤センター 准教授、OE Japan 代表幹事)
【理事】深澤良彰(早稲田大学 理工学術院 教授、大学ICT推進協議会 会長、JMOOC 副理事長)
【理事】堀田一芙(株式会社内田洋行 顧問、株式会社オフィスコロボックル 代表取締役社長)
【理事】村上憲郎(株式会社村上憲郎事務所 代表取締役 (元Google Japan 代表取締役社長))
【理事】山本忠宏(株式会社マークアイ取締役 COO)
【事務局長、常務理事】中村久哉(株式会社ネットラーニング 品質管理部 部長)
【監事】岸田敢(株式会社ネットラーニングホールディングス 代表取締役会長兼社長)
(50音順)

教育連載コラム―未来への戦略-

伝統のある小学校でもオンライン教育の時代(後編)

今回は渋谷区立千駄谷小学校に訪問し、お話を伺った。

後編では鍋谷先生のオンライン授業を見学した。

新しいツールを使って工夫することの大事さ

鍋谷:今日の国語は話し合い活動を中心に行います。まだ自宅からの参加がいるのでTeamsで行いました。今、ブレイクアウトルームでグループ活動しているので、その間、一つ一つのルームを巡回して様子を見ています。
上松:先生、手元のApple Watchに学習者のそれぞれのルーム内でのチャットの通知がブルブルと届きまくっていますね。

鍋谷:これ、TeamsがIntuneによってアプリレベルで管理されており、紐づけられてたApple Watchにもそれが届くんです。話し合いで決まったことを順次チャットに残すように指示すると、ルームの巡回とは別に話し合いの進行がわかるので、便利です。そう多用するような感じではないですが役立っています。

鍋谷:使う時は端末を持ってきて、USB-Cと電源を繋ぐ。それでディスプレイ2台目、キーボード、マウス、Webカメラが一気につながる。これに、HDMI Splitterを加えて2台目ディスプレイをプロジェクターにミラーリングする設定で、これでよくやるパターンの授業形態です。
全てに差し替えなしで対応可能ですし、また1台の端末で子どもに何かを見せながら、手元の画面で作業ができるようになったのが良かったです。
上松:これは便利ですね。
鍋谷:つい最近、一部の教員の間からオンライン学習に対応するときに、画面の切り替えがどうとか、それがめんどくさいという話が出たんですが、どうしてなのかよく聞いてみると、Teamsで画面共有してる時も子どもの様子が見たいってことでした。
上松:2画面へのニーズですね。
鍋谷:着実にオンライン授業の経験が積み重なって、教師のスキルが向上してきているんだなぁと実感しました。先生のスキルを無理に上げようとすると、先生方は忙しいですし大変なので、あくまでサポートするというやり方です。嬉しいことに、教員室に置いていた外部ディスプレイを教室に持っていく先生も現れたんです。もちろんこれがどの教員にも一般化する方法かどうかはわかりませんが。

充電の管理で端末の運用スキルがアップ

上松:電源について教えてください。
鍋谷:本気で使う授業環境には電源は外せないですし、課題が明らかになると思っています。校内での電源は保管庫での充電しか公式の手立てはないんですよね。けれども現実には、「充電切れました」「充電ケーブル外れてました」「充電されてません」「さっきは満タンでしたが一瞬でゼロになりました」などなど様々な訴えがあります。
上松:それは大変ですよね。
鍋谷:うちの渋谷区は公式にタブレット1台あたり2つのアダプタが貸与されていますから、それが基盤となって対応がすぐにできるようになっているんですよ。
上松:それはどのようにされたんですか、ぜひ知りたいです。
鍋谷:一つは保管庫用、一つは自宅用とみんな思っていると思いますが、私はみんなが自宅用と思ってる端末を「ランドセルに入れておくように」と言いました。そして、電源の利用は断る必要なしで、必要な時に自分でやる、という体制にしてみました。
上松:これは良いアイデアですね、素晴らしいです。先生が充電してくれるから学校に来れば当たり前に使えると思ってしまっている子どもたちも多いですものね。この方法は自分が端末に責任を持って充電までやるスタイルになりますよね。

鍋谷:はい、これが功を奏していて、充電の心配が少なくなると思っていたのですが、それだけでなく子どもの運用スキルも自然に上がるのでうちのクラスだけでなく全校展開にしてみました。年度末の予算調整のチャンスに電源タップを学級あたり2~3本手配中なんですよ。
上松:先生、自分の端末という意識は大事ですね。自分で端末をメンテするくらいの気持ちになれば、パソコンに対しての興味も変わってくるように感じます。鍋谷先生はどうされているのですか。
上松:私は、行く先々全てに電源を用意する派で一人派閥です。教室の前と後ろでも、それぞれに用意しておくほどです。アダプタを3個買って、配置は、教室前・教室後・教員室・自宅・保管庫です。自腹でやっています。
上松:それはすごい。それくらい学びを止めずに頑張っているんですね。
次は算数の授業ですね。
鍋谷:3年の算数、次の単元は重さです。昨年、同僚から「はかりをカメラでスクリーンに映したい」と相談された時に、先走って作ったこのコンテンツをまさか自分が使うとは思わなかったのですが使っています。単元からすればほんの少ししか使わないけど、これがあってラッキーでした。
やはり授業でできることはビデオに示すことで精一杯ですし、使い方のトレーニングは無用かなと感じています。
学習指導要領解説を確認した時、Chrome内からPDFを「はかり」で検索したらヒットは5件。でも見てみたら「〜ばかり」が4件で目的の「はかり」は1件でした。気になってAcrobatで検索したらそちらははじめから1件でした。
ということで、もしも是非使ってみたいという方がいたら、こちらのリンクからどうぞ。

Pict Scale
https://www.nby.jp/2021/02/05PS/

上松:ありがとうございます

新しいことへのチャレンジを楽しむ

上松:校長先生にもお伺いさせてください。いきなりのコロナでこのように校長室から配信する全校朝会に切り替えられたそうですが、これまでなかったこういうスタイルに戸惑いはなかったでしょうか。

校長先生:戸惑いはありませんでした。オンライン朝会は校庭で学ぶより楽な姿勢で話しを聞くことができるので、話の内容を子どもたちが理解できるようになりました。こちらの話を長く感じることもないようです。逆に長くなって欲しいと願われています。
上松:どのクラスも1人1台の端末を普通に使われていますね。
校長先生:そうですね、日常化を目指して様々なことを学校でしてきました。
大切なのは全員が有用性を感じて同じことをすること、そしてそれを楽しむことです。
上松:素晴らしいですね。
校長先生:教員もオンラインでやっています。それぞれの担任している教室から先生方がオンラインで参加します。今日の午後に私が6年生の社会科の授業をオンラインで行いますので、上松先生もご覧になられませんか。
上松:今日の午後ですか。校長先生がオンラインで授業されるのですね。オンラインの参加、ぜひお願いします。それは楽しみですね。
この後、オンラインで授業を参観した。校長先生は教諭時代に自分で受けたことのないオンライン授業を積極的に行っている。
時代はまさにウィズコロナ。これから収束したとしても災害等、急に何があるかわからない。この予測不能な時代に生きる子どもたちにとって、教師が熱心に授業を工夫して新しいことにチャレンジしている様子を目の当たりにするのはとても良いことである。このような伝統のある日本の公立小学校にもオンライン教育が行われるようになってきたことを視察できたことは、筆者にとっても良い経験となった。

教育連載コラム―未来への戦略-

伝統のある小学校でもオンライン教育の時代(前編)

渋谷区は全国に先駆け、児童生徒にLTEモデルのタブレット端末を1人1台配布した区である。渋谷区長に以前お目にかかったこともあったが、とにかく今の時代はいずれ1人1台となるので進めて行くということだった。
今回訪問した渋谷区立千駄谷小学校は創立145年の小学校である。保護者もこの小学校の出身という例もあるという。
月曜日の早朝に訪問すると、新型コロナウィルスの影響で、校長先生の全校朝会はオンラインでの実施となっていた。

校長先生は校長室から熱心に児童に語りかけていた。校長室にパソコンを置いて、児童に語りかけている。
本来ならば全校児童の前で話をする場面がコロナにより一転した。
校長先生と3年生の担任である教諭の鍋谷先生にインタビューをした。

オンライン教育の方が優れている点もある

上松:今日は早朝の時間から訪問させていただきありがとうございました。校長先生がオンライン朝会、そして鍋谷先生も校長先生のフォローやオンライン授業をされていて素晴らしいですね。
鍋谷先生(以下、鍋谷):はい、これからオンラインで授業をします。良かったらどうぞ御覧になってください。

上松:いきなりネガティブな話ですみませんが、オンラインだとリアルよりも劣ってしまうという声も聞こえてきます。特に教室でよく行うグループワークなどについての意見があります。
鍋谷:そんなことはありませんよ。むしろ、教室でグループワークをする場合だと5つや6つくらいのグループができますが、私が教室に居ても全ての学習者の全ての意見のやりとりを聞くことは不可能です。その点、今、行っているリアルタイムのオンライン授業ではグループ活動もできるだけでなく、グループワークが動画にもなって時間がたつと自動的に文字がついてくるんですよ。なので、学習者の話がむしろしっかり拾えているんですよ。

上松:授業だと話が流れておしまいですが、文字になるのは良いですね。私も授業でグループワークをさせますが、複数のグループはキャッチしきれない。良い発言があっても全てをフォローできないこともあります。
鍋谷:グループの活動を文字起こしで見ると、それぞれのグループ活動でどこでつまづいているのか、どういった発言でより学びが進化したかもわかります。児童が他のグループについてもちゃんと見てくれているんですよ。
上松:素晴らしいですね。一方で、成績に結びつかないと言う声もありますが。
鍋谷:これはモチベーションも上がるし、本当にやりたいことが出てきた時にこういったスキルが生きてくるのだと思います。

「オンライン休み時間」でのコミュニケーション

上松:他にどのような使い方をしていますか。
鍋谷:実際に学校に来ると、授業があって、それが終わると休み時間があって教室で話をしたり、校庭で遊んだりしますよね。なので、学級閉鎖になった場合でもオンライン授業はしっかり行いますし、授業以外でも繋げることにトライしているんですよ。
上松:それは良いアイデアですね。
鍋谷:オンライン休み時間という枠を作ってみたんです。ただみんなと話す、教室みたいな感じはどのような感じだろうか、と思って。子どもたちから頼まれてもないのに設定してみたんです。
実際には直前の算数が終わったら、すぐにほんの数名が入ってきて、ただのお話が始まった。今日集まった子達はじゃんけん大会とかしないタイプでした。ずっと喋っている子もいるけれど、笑って見てるだけの子もいたりして、普段の休み時間のイメージ。見るだけのつもりだった私も話に入れてもらって、コミュニケーションが取れていい感じだったんです。
上松:それは見学したいです。
鍋谷先生:はい、どうぞ。午後に(どうしても外せない)用事で来校した保護者と話す機会があったんですが、「オンラインは授業のためと思ってたけど、こっちの方が先かもしれませんね」と言われたんです。休み時間のやりとりをそばで聞いた感想だそうです。保護者も学校が休みになって友人との交流が少なくなることを心配していたようです。オフィシャルなコミュニケーションツールの意味について、保護者と共有できる日が少し近づいたかな、と感じました。となると、次(新年度計画)に打つ手は何にしようか、と考えています。

今回のインタビューの後、実際にこのオンライン休み時間を見学した。授業でおとなしかった児童も積極的に話をしていた。体調が悪かった児童が久しぶりに顔を出したら、一人の児童が「良かったね、オンラインで話ができて嬉しい!」と言っていたのが印象に残った。
学級閉鎖や休校などで昨年は子どもたちから大事な学びが奪われた事例もあった。プリントをただ配布しただけの学校も少なくなかったようだ。しかし学校では休み時間も大事なコミュニケーションの時間となっている。オンラインでこのような時間を設けることは良いことだと感じた。

教育連載コラム―未来への戦略-

社会と繋がり児童が輝くICT教育(後編)-印西市立原山小学校の取り組み-

前編に引き続き、印西市立原山小学校の松本校長へのインタビューをお届けする。
前編では、ICTを全ての教育活動の基盤として活用すること、持続可能な視点での学びや、子どもたちが自主的・自律的にICTを活用するための取り組み等についてお話いただいた。


上松:次はまちづくりについてお尋ねしたいのですが、この辺りはどんな場所になるのでしょうか。
松本:印西市は、大きく分類するとニュータウン地区と旧地区に分かれており、原山小はニュータウン地区にあります。この辺りは地盤が良く、データセンターが集まっており「DC銀座」と言われていてとても人気があるんですよね。アマゾンなどの大手企業もあります。東日本大震災でもライフラインに大きな影響はありませんでした。また、商業施設や森などの緑も多くあり、計画的に整備されているので、住みやすい街となっています。
上松:グランドも広いし空気もとても良いですね。子育ての環境にぴったりですね。近くにAEON(イオン)がありますね。
松本:はい、AEONさんとの連携による学びも行っています。
5年生ではサステナビリティの取り組みに力を入れているAEONさんと連携して、「みんなが幸せになる消費(エシカル消費)を広めようプロジェクト」に取り組んでいます。
まず単元の前半において、私たちの消費行動が、食品ロスの問題や地球温暖化、自然環境破壊などの環境問題、途上国の貧困や児童労働などの社会的課題と深く関わっていることを、自分事として捉えるようにしました。そして多面的・多角的に解決方法を探索し、「みんなが幸せになる消費」を広めるための自分の考えをまとめ、地域や保護者への啓蒙活動をしました。
次に単元の後半では、子どもたちは単元前半で実行した自分たちの取り組みについて評価し、課題の洗い出しとエシカル消費を広めるための再計画案に基づいて、AEONさんの多大なる御協力のもとに活動を進めました。掲示用のちらしやポップ、ポスター、さらにWebサイトや啓発動画等も作成して、大型販売店内で配付や展示を行いました。また、エシカル消費を広めるための販売会と説明会を、大型スーパーのお客様感謝デー期間(10日間)に合わせて行いました。
上松:コーナーがあるのですね。保護者や祖父母の方々が見に来られるだけでなく地域貢献にもなりますよね。
松本:本校には、子どもたちが運用している学校のホームページがあります。職員でなく子どもたちが毎日更新しているんですよ。
学校での活動などをオンラインで広報することで、社会とのつながりや社会への参画を意識させています。
「毎朝、朝の会にて予定記事を発表~チーム(当番制)で取材~ブログで編集・記事作成~帰りの会にて発表~学級全員で校正~公に発信」という流れで活動しています。
オンラインでの広報活動は、「情報の収集~情報の整理~表現・発信」という一連の情報活用プロセスを踏むため、子どもたちの情報活用能力や市民性・社会性を育成するのに大きく貢献していると考えています。学校の良さを効果的に伝えるための文章や画像等の作成・編集能力のような技術的なことを身に付けるだけでなく、不特定多数が読者であることを想定した内容となっているか、著作権や肖像権などの権利を侵害していないか、等にも意識を向けさせることが可能です。
その他、何か運用上で課題や問題が生じたときには、随時、学級で話し合い、改善しています。これにより子供たちは、自分たちが公的の立場で責任のある発信をしていることを自覚した上で、情報発信しています。

松本: ところで、情報をうまく活用するためには、論理的に言葉を使う能力も大切だと考えていますので、論理的に読み、考え、書くことができるようなドリルなどもしています。日本語の規則を習得し、その規則を使って論理的に言葉を使用できるようにする学習をスパイラル的に行っています。
上松:机の脇に本やノート、文房具などを入れることができるこのクリアケース良いですね。
松本:百円ショップのものですがさっと教科書などが取り出せて良いです。
上松:また、この机の天板が伸びていますけれど、全ての児童にこういうのがついているんですね。

松本:はい、机の天板を拡張するためのキットを取り付けています。これとても良いです。作業領域が広がり、教科書やノート、パソコン等を同時に広げておいてもゆとりがあり、学習がしやすくなりました。また、鉛筆や消しゴムなどの文房具類などの落下を大きく減らすこともできます。おかげで、パソコンの机からの落下がなくなりました。

上松:小学校1年生から使っているんですね。これタッチパネルで良いですね。
松本:はい。1年生では、様々な活動で画像・音声・動画の処理をすることが多いので、タッチパネルは欠かせません。
この授業は算数科で学んだ加法減法計算を活用した問題を、子どもたちが作成するとともに問題を交流して解き合うことで、既習内容の理解を深めることをねらったものです。ICTを活用することで、言葉や図、ブロックなど、子どもたちの表現の幅が広がりました。また、情報の共有や意見の集約などが容易になりましたね。そのため、数の構成を活用して、数の数え方や加減計算の仕方を考えた過程や結果を振り返りやすくなり、そのよさや楽しさを感じながら学ぶ姿を多く見ることができるようになりました。

上松:これは何の授業でしょうか。
松本:こちらは6年生の「言葉に対する自分の考えを書く」という国語科の授業です。本時では、立場が異なる人たちの言葉に対するメッセージを読み、気づいたことを書き出し、思考ツールを使って分類・整理しています。この思考ツールはグループでも全体でも、簡単に共有や同時編集ができるので、対話をより深める手立てとして手軽に活用することができます。
この後もICTを活用しながら、目的や意図に応じて情報を集め、それらを分類したり関係づけたりし、伝え合う内容を検討していきます。そして、事実と感想、意見を区別するなど話の構成を考えながら、論理的に意見文を書くといった流れになります。

最近ではSNSの投稿等でも、論理的な話の展開ができないという事例が散見される。今回取材した原田小学校では、子どもの頃からICTを使いこなすための論理的な思考を高め、それと併せてICTを使いこなしている様子を見ることができた。

教育連載コラム―未来への戦略-

社会と繋がり児童が輝くICT教育(前編)-印西市立原山小学校の取り組み-

今回は千葉県印西市にある印西市立原山小学校に伺った。校長の松本博幸先生には、筆者が総務省プログラミング教育推進会議の委員や、ICT教育における超党派議連のアドバイザーを務めた時代から、講演をお願いしたり学校の様子を見せてもらったりとお世話になっている。

原山小学校校長 松本博幸先生

原山小学校は2020年3月にGoogle for educationの遠隔学習プログラムに採択され、5、6年生に1人1台ずつのChromebookが導入された。
さらに10月には印西市の情報教育推進指定校となり、全学年に1人1台の端末導入が行われた。それによりGoogle for educationはもちろんのこと、ロイロノートやミライシード、Adobe Sparkなどを次々と導入した。

上松(筆者):今回の視察は、全ての学年、全ての教科でパソコンを使っているということでお伺いしたのですが、正直、子どもたちからパソコンの使用方法に関する質問はほとんどなく、相当使いこなしているようで驚きました。
松本博幸先生(以下、松本):本校はただ単にパソコンを使うだけではありません。世界や日常生活に目を向けて、そのための課題解決として様々な目標を設置して具体的活動を計画し、解決するための活動にICTを活用しています。
上松:具体的にはどういったことをされるのでしょう。
松本:例えば「アフリカの貧困や飢餓を無くすためにはどうしたらよいか」を考えて解決のための行動をしたり、持続可能な生活ができるよう給食に出る牛乳の紙パックをリサイクルしたり、古着を回収するなどの取り組みをしています。そのために、ICT関連企業や商業等の地域関連企業、ユニセフ・JICA等の機関、シビックテック活動をしている団体との相互連携を図りながら活動を進めるようにしています。
上松:すごいですね。目標を持ってICTを活用するということはモチベーションに繋がりますよね。児童の皆さん、皆、とても落ち着いていて授業に集中されていましたね。やる気があるように見えましたし、誰一人取り残されているということがなく全ての児童が課題に取り組む様子が素晴らしいです。

松本:そうですね。ICTを基盤として社会と繋がること、そして持続可能な視点を絡めた学びを実現できるよう教育課程の編成を工夫しています。子どもたちの心を育て、各教科で育んでいる資質・能力を相互に結びつけながら、教科横断的な視点で情報活用能力を育成するようにしていますね。

6年生は、ルワンダが抱える課題をSDGsの視点で理解し、地球市民として自分にできる国際協力を実践しています。ルワンダ在住の日本人の方や、現地の子どもたち、国際NGO団体等と様々な交流をしながら、様々な課題を明確にし、自分たちにできることのアイディアを出します。
子どもたちは現在、現地の布(チテンゲ)を使用した小物づくりとその販売による収益金を用いた支援を行なっています。この過程における情報収集や共有、整理・分析、広報等でICTを有効に活用しています。
上松:SDGsですよね。テーマが色々あって、それに沿ってICTを使いこなすという事は素晴らしいですね。

松本:そうですね。ICTを全ての教育活動の基盤として考えているので、学習や生活の課題に合わせて、ICTを子どもたちが自主的・自律的に活用しています。もちろん、学校での生活だけでなく普段の生活においてもICTを活用できるよう、ほぼ毎日、パソコンを家に持ち帰っています。
上松:毎日持ち帰らせない学校が話題になっていますよね。家で壊してしまうことを懸念しているのでしょうか。
松本:破損や紛失の懸念があるのかもしれませんが、子どもたちが家で壊す確率はかなり低いと思います。実際に本校では、自宅に持ち帰ったことで故障や破損のトラブルが起きたケースはほとんどありません。
むしろこの時期は持ち帰らせるようにしています。昨年も急に休校がありましたし、急に体調を壊すことがあるかもしれないためです。
例えば、現在新型コロナ感染不安でお休みをしている子どもたちは、オンラインで授業に参加しています。自宅から学校にいる友達とグループディスカッションしたり、全体に発表したりすることができるようにしています。

上松:なるほど。どうりで、児童が座っていない机に先生の方を向いているパソコンが置いてあるな、と思いました。これは有るべき姿ですね。そのためのICTなのですから。
先生もちゃんとパソコンに向かって、教室にいる児童と同じように声をかけていますね。