教育連載コラム―未来への戦略-

ニューヨーク、コロナ禍の迅速なオンライン教育【後編】 ― 自立を促す文化の違い ー

「新型コロナウイルス感染症による感染者や死者数の日本での増え方は、ニューヨーク(NY)とは全く異なっているため、あくまでもNYは一つの参考にしつつも慌てず慎重に冷静に対応するのが良い」とも語る中島さん。日本とNYとの違いはどんなところにあるのでしょうか。

日本とニューヨークとの違い
上松:日本との相違点はありますか。
中島:そうですね・・・。ICT環境などの対応も確かに違いますが、何よりも大人と子どもの分け方が日米では異なるように感じています。大人が子どもに教えてあれダメ、これダメという感じではなく、アメリカの場合は自由にやっているので幼児の頃から自分の意見をちゃんと言うように育っているんですね。子どもを一人前の人として扱うので。
その分、自由の中で自分たちがやりすぎかどうかというバランス感覚ができてくるし、考えるようになっているように思います。
上松:日本はとても親切、先生が慮って手を回しすぎてしまう感じですね。
中島:アメリカは荒療治な感じで対等に付き合うイメージです。
例えば、本当はわかってるのだけど、言わなかった・・・などの時は、察してくれでは絶対だめで、英語がたとえ自信なくてもしっかり主張・行動することを求められる。暗記より思考を求められるので、例えば Black Lives Matters の動きがあれば授業でもどんどん先生から議論を投げかけ、こどもたちも積極的に多様な意見をいう。
大人が求める正解を求めるのではなく、多様な多角的な視点を理解しながら、自身の考えも発信する。やはり、こどもは小さな大人として扱われていると強く感じます。
また、遊び心も満載で、例えばオンラインクラスではクイズをゲーム化したり、これができたら抽選で1人にUber Eats 無料券譲渡とか(笑)、先生たちのプライベート光景を切り貼りした素敵なメッセージ動画に励まされたり・・・。
NY州全体でも、例えば、今後はマスクを使ってもらおうという時に、真面目にお願いするだけでなく、「マスクを使おう」の素敵な動画コンテストを行ったり・・・。

とにかく何かどんな立場でもどんな状況でも、多様に日々を楽しもう、一人ひとりの参加や創造性をうまく引き出そう(トップが遊ぶのではなく)、というプレイフルな真剣さが溢れているのはいいなぁと思いました。

Wear A Mask New York Ad Contest: Winner Announced | Department of Health
https://coronavirus.health.ny.gov/wear-mask-new-york-ad-contest-winner-announced

ただ、一番いいなぁと思ったのは、多くの場合、
「今は心が弱って当たり前。苦しい人は教えてね。それが当然だから」
というところからまず話を始めること。
ただただ、「このコロナをポジティブに考えよう!危機はチャンス!」と鼓舞するのではなく、最初に弱さを認め合い、そうした人が駆け込めるシェルターを準備した上で、でも今は今でみんな笑顔になれるように!多様なみんなの創造性を発揮して、何が生み出せるか考える・・・。
そうした部分から、私自身学ばされたことも多くありました。

上松:デモについては日本と違いますよね。日本だと反政府的な意味合いにとられがちですよね。
中島:昨年の環境デモでも、政治的にとらえるのではなく、そうした環境問題を自分ごととして考え学ぶことが求められるので、多くの学校がオフィシャルにデモに参加したりしました。
何かの色に染まってしまうことなどを懸念して「させない・出会わせない」日本とは異なり、しっかりどんどん考えさせ、議論させ、発信させ、動かせることで、逆に、安易に何かに流されることなく、より自分の頭で考え、多角的な視点の中で議論し調整し何か行動にうつす・・・。
そうした社会的かつ人間的な力を伸ばすことが、若い時からしっかり求められている印象です。
それは数学や科学でも同様で、答えがないオープンディスカッションや社会的な視点は、つねに科学などの学びの中にも内在していました。

上松:日本だと、議論すると議題について討論するのではなく、相手の生きざまを叩くケースがありますよね。私は以前、人の意見についていろいろと言ったら、自分が批判されたかのように思われてしまって困ったことがあります。
中島:NYでは建設的に討論することが多い印象です。人格を否定したり非難したりすることはまずあまりなかったですし、言葉の選び方は正直うまいなぁ!と何度も思いました。誰かが他の誰かを傷つける言葉をふと言ってしまったときは、批判するのではなく、「私はそう言われて悲しかった・恐怖を覚えた」と気持ちも含めて伝える。
周囲も組織も、両者の人格は否定しないが、<言葉や行為>のだめなものは、なぜだめなのかも含めてしっかり議論する。
例えばメール上でも、コロナの課題でも、Black Lives Matters でも、より全般的な人種の課題でも、どんどん議論が建設的に多角的に発展する。体験も重視する。次なるアクションにつながる。大事なことに対しては、組織も明確に発信し動く(動かなければ誰かが動き出す)。
普段から、たとえばテクノロジーを学んでいても、それが人種や貧困や性別や日常のどんな課題とどう結びつくかをよく考えるし、そうした社会課題の議論の機会も多い。
また、人と人との壁がないですね、実際、学生からでも文句を言うのではなく、意見があれば学長に直接メールも送れるんです。もちろん全員が学長にメールしたら大変(個別の深い事情がある人はそれでも直接連絡してもよいし返事が返ってくることも多い)ですから、リーダーシップを発揮できる人がアンケートやヒアリングの機会を設け始めたりして、それをまとめて学長と相談したり。
本当に、立場によらず、みんなが多様かつ創造的なリーダー性を発揮している。長も、学生からの声を真摯に受け止め、次には違う発信の仕方をしたりする。

なお、ここまでNYの良いところばかりあげてきましたが、もちろんNYでの問題もあります。差別の問題も、NYでもまだまだ根強くあるようですし、ちょっとしたサービスでの心配り(おもてなし)は圧倒的に日本の方が細やかだと思います。コロナにおいても、マスクをしない・マスクをしている人を嫌がる、などの文化があれほどの感染拡大を招いた可能性はあります。それこそ一概にNYはこうだ、日本はああだ、とは言えないと思います。
ただ、あくまでも私の周りにおいて、NYで感じた良さは、やはり、基本的に互いの弱さを認め、頼りあえる文化があることですね。互いに陰で批判・ののしるなどは原則しない(言葉の品格には皆気をつけていると思います)し、気になることがあれば議論し建設的な解決策を探す・・・コロナ禍で誰も外に出られない状況下でも、今は心が弱る自分を認めてあげることが大事だと、互いに声をかけあっていました。

世界の芸術や文化が集まるニューヨークならではの発信力

上松:NYのクオモ知事は毎日すごい発信力ですよね。
中島:それこそリーダー力があり、NYのあのひどい状況の中でも、むしろどんどん人気や信頼を高めていった方ですね。やはり弱さに寄り添う姿勢・視点、その上での鼓舞、何よりも常に明確な数値・分析を用いた発信は非常にわかりやすく、コロナ禍の中で非常に素晴らしい動きをしてくださったと思います。
NY全体の統計情報も非常に多角的で、きちんとあまりよくない情報も含めてしっかり分析して打ち出すので、逆に(数字が悪くても)数字が明確になってくると皆さん落ち着きますね。知事、市長、また領事館など共に、発信が明確で頻度も高く、やはり学ばされました。
(英語、スペイン語、ロシア語、韓国語、中国語、ハイチ・クレオール、ベンガル語で発信。日本語も一部)
例えば、NY市では、地域(郵便番号ごと)・年齢・経済状況・人種・性別ごとの感染状況を明確に日々出しています。感染者数だけでなく入院者・死者なども明確にするので、今がどのような状況か、どんな立場や地域が弱いか、が一目瞭然になる。こうした数値は、的確迅速な政治判断にもつながっているのは間違いなく、さらにそれを発信につなげることで、政治家や公的機関だけでなく、社会全体で課題解決に向かおうとする創造的・人間的な動きにもつながりやすかったと思っています。

日本の総領事館もメールでサマリー情報を逐次出しており、非常に助かりました。なお、データ統計では、誰を対象に、どのように得たものか、までを知り、背景にある課題を考えることが大事で、数字を鵜呑みにするだけではだめです。多角的な視点が必要で、今回のNYの数値はその辺りのクリティカルな視点がしっかり入っていますね。なお、そうした意味でのデータ教育は、日本でも、もっとしっかり行われると良いと思っています。
上松:いろいろと日本の報道では大変だったようですが、実際のことがわかってよかったです。
中島:とにかくNYの大学はとても創造的で、オンラインの可能性を堪能しています。私たちも、例えばOBSを使ったライブストリーミングで、どこまでリアルタイム・ライブの遊びやフィジカルなこと(人形劇に近いこと)ができるか、まさにアート(人間の感性)とテクノロジーのはざまでどこまでプレイフルなことを追求できるか、みんなで色々と試行錯誤し、非常に楽しかった!です。

・LIPPTV(オンラインライブでのフェークTVプログラム。中島さんは1時間17分あたりからLIPP MUSIC STATION を行っている):https://lipp.tv/
・中島さんのITPでのさまざまな研究事例:https://valed.press/_ct/17370979
・最終研究発表:https://vimeo.com/425732029
・SXSW2020 online “Future of Interactive Live : STEAM Behind Music” https://youtu.be/G13FPwZXXpM

上松:さすが、世界の芸術や文化が集まっているところだと思いました。ありがとうございました。

インタビューを終えて
コロナ対応のNYと日本、それぞれ比較すべきところ、中島さんのいろいろな肩書、これまでの経歴で優れた才能を発揮されており特になぜ数学なのか、など…。インタビュー開始早々、さまざまな質問に快く答えてくださいました。
中島さんは数学という学問に惹かれたということと、STEAMもだが音楽も“創り出す”という点で好きだということで、2018年8月からNY大学にてアートの専門、メディアアートを学ぶ目的で思い切ってアメリカに渡米されたそうです。お子さまは、日本でトンボ帰りの仕事がある時はお母さまの世話になったとのことです。15時間かかるため、お母さまも時差が大きくて大変だったと伺いました。
中島さんの努力はもちろんのことご家族のご協力もあったということで、自分自身の子育て時代のことを思い出しつつ、コロナの話に進みました。

このコロナ禍の一番大変な時に、NYにて経験されたお話はとても貴重なものでした。文化の違いを経験しながらいろいろな才能を発揮すべく活躍されている中島さん。8月1日より steAm online PLAY SCHOOL を開講され[注]、万博でも大阪・関西万博のテーマ事業プロデューサーにご就任されました。担当は「いのちを高める」(学び・遊び・芸術・スポーツ他)ということで今後のご活躍を楽しみにしています。

[注]steAm online PLAY SCHOOL 開講についてはこちら
https://www.value-press.com/pressrelease/248751

中島 さち子 氏 プロフィール
ジャズピアニスト・数学研究者・STEAM 教育者・メディアアーティスト
(株)steAm 代表取締役、(株)STEAM Sports Laboratory 取締役
大阪・関西万博テーマ事業プロデューサー(「いのちを高める」)。内閣府STEM Girls Ambassador。
現在は主に音楽・数学・STEAM教育・メディアアートなどの世界で、国内外にて多彩に活動する。
国際数学オリンピック金メダリスト、ニューヨーク大学Tisch School of the Arts,
ITP(InteractiveTelecommunications Program) M.P.S.
経済産業省「未来の教室”とEdTech”」研究会研究員。
イベント情報
今回インタビューをさせていただいた、中島さち子さんがディレクターを務めるイベント「無限につづく絵を描く法則を体験しよう」が2020年9月12日の19時より開催されます。中島さち子さんのサイン入り絵本教材付きです。
【イベント名】
「数学×デザイン」エッシャーのような無限につづく絵を描く法則を体験しよう
【開催日】
2020年9月12日(土)
【タイムスケジュール】
19:00~19:40 タブレット端末をつかった子ども向けワークショップ
19:40~20:20 トークイベント「対称性と数学」「私が数学にハマった理由」
(希望者は引き続きブレイクアウトルームでワークショップができます)
20:20~20:30 みんなの作品を見てみよう

詳細は下記Peatixのページにてご確認ください。
・無限につづく絵を描く法則を体験しよう~小学生からの「数学×デザイン」 【steAm PLAY SCHOOL VOL03プレイベント】
https://sps03pre.peatix.com/