モバイル投薬デバイス「atDose」のパーパス【後編】
モバイル投薬デバイス「atDose」の開発秘話に関するインタビュー、後編をお送りする。
前編では、アットドウス株式会社代表取締役である中村秀剛さんのこれまでの生い立ちや社会人になってからについてインタビューした。
上松:先週、たまたまKBICへ量子コンピュータの見学のために訪問したばかりです。ここは都心からアクセスが良いですね。モバイル投薬デバイスは、本コラムの題であるモバイル教育事情と同じく「モバイル」が共通語で、とても気になっていたのです。今回はお話を伺う機会ができてとても嬉しいです。専門が教育ですのでその観点からもお話を伺うことができたらと思っています。
上松:前編は中小企業診断士を取得されるまでのお話を伺いました。後半は「アットドウス株式会社」を起業されたいきさつについてもお伺いしたいと思います。
中村:私は中小企業診断士の試験が苦手で、1次試験は何とかクリアできたのですが、2次試験に2度失敗してしまいました。そうすると通常は1次試験からのやり直しになるのですが、それを回避するための手段が大学院が用意している中小企業診断士養成課程に通うことなんです。
当時は勉強仲間が2次試験に合格して中小企業診断士として活躍しているのを見聞きしながら、遠回りな人生になってしまったことに落ち込んだ時期もありました。しかしながら、大学院での2年間の出会いがきっかけになり、監査法人トーマツとご縁をいただき、資格取得後に転職することができました。
監査法人トーマツでは、監査や上場支援だけでなく、起業家支援・ベンチャー支援にも携わることができました。想いを持った起業家や経営者とのやりとりはとても刺激的でした。相手は人生をかけて彼らの事業に取り組んでいる中で、生半可な知識や意識では火傷してしまいます。彼らの想いに応えるために少しでも役に立ちたいと情報を得たり社内で詳しい人に相談したり、自分自身も考え抜いてその結果をぶつけてきました。
起業のきっかけになったのは、そのような活動の中でたまたま出会いがあったスタートアップの社長です。1年間の伴走支援の中で様々なことを話しました。自分たちが何のために生きているのか、世の中に何を提供できるのか、共に考え、提案し、行動する中で、私自身も自分の人生のオーナーとして何かに取り組みたいと決意し、2017年9月1日横浜市にてアットドウス株式会社を立ち上げたんです。
上松:やりたいことや目標があって初めてスキルを身につける。まさに今の時代に相応しい教育プロセスのスタイルだと思います。そもそも社会に出て役に立つか立たないかもわからない勉強を強いられて、学歴のためだけに好きでもない学習に時間を割き、その後に就職しようということもこれまでは少なくない状況です。しかし、今後は会社側がスキルベースで採用するということになると、こういった学習スタイルでは対応が厳しくなりますよね。
中村:私が取り組んだテーマは、新たな医療機器を開発して医療現場で使ってもらうというビジネスです。創めてから改めて実感したのは、投資家から見たら一番お金が集まりにくい領域でした。今まで、モノづくりやIT活用は経験していましたが、医療業界の経験もない中で、日々、勉強しながら経営してきた5年間でした。でも、成し遂げたい目的があってそのために身につけるべきスキルがあるのであれば、やってやれないことは無いと思って取り組んでいます。
勉強のための勉強は苦手ですが、今は日々、自分のできることが広がっていることを実感しますし、どんどんやりたいことが増えています。
そもそも、このテーマに取り組むきっかけは、両親による自宅介護の現場を目の当たりにしたことが原体験になっています。7年前に祖父、昨年祖母が自宅で息を引き取るということがありました。また、息子が1歳の時に義父が癌で他界して、20年ほど入退院を繰り返して、最後は全身に転移し会話もできなかったんです。このような医療現場の課題をものづくりやITで解決できることがあるのではないかと漠然と考えていた時に、アットドウスと出会いました。運命と感じました。残りの生涯のテーマで患者のQOLの向上と家族の負担軽減に取り組もうと思ったんです。
上松:すごいですね。それは誰もができることではないと思います。
中村:私たちは創業してから、様々なビジネスコンテストに参加させていただきました。私たちの想いだけでは実現できる仕事ではないため、自治体や支援団体の力を借りて、志を同じくする仲間を増やすことが一番の目的です。昨年は、かながわビジネスオーディション2022で県知事賞を受賞しました。黒岩知事はその後のラジオ番組でも当社のデバイスを自らの言葉で紹介してくださり、心強く感じています。
上松:ここまでとはすごいですね。ちなみに「atDose」とはどのような意味の言葉でしょうか。
中村:attoとは10のマイナス18乗で超微量という意味があり、atは局所をねらってという意味、Doseは投薬を表す言葉です。つまり超微量に局所に投薬するという意味の造語です。
上松:なるほど。会社がここまで成長した背景に、中村さんの大変な頑張りがあったように思います。
どういったところがこのような結果をもたらしたのでしょうか。
中村:私は社会人になってから、モノづくり、システム開発、経営支援といった業界で活動してきました。それぞれの人生の岐路では迷いもありましたが、結果的には1度しかない人生なのだから自分にしかできないこと、ワクワクできる事に取り組みたいという想いで決断してきました。5年前に起業を決意した時には、これまでの経験がすべてこの事業に取り組むための準備期間であったのではないかと気づいたんです。
簡単に結果が出るビジネスではありませんが、残り20年の人生をかけて諦めずに取り組めば必ず結果が出せるはずであると信じています。そう思えるテーマに出会えたことに感謝します。自分のミッションを実現することが、自分がこの時代・この国で生を受けたことの目的であると確信しています。
上松:これは知識や経験が共通項としてありますが、キャリアやスキルを築く上で参考になる人は多いと思います。このキャリアこそが今に繋がるスキルになると思いました。自分の目標を叶えたい時にたまたま強みがあったわけではなく、着々と社会に出てからも学び続けてスキルを向上されて行った結果なのではと思います。素晴らしいことです。
ところでこの投薬デバイスは小さいですね。普通は点滴の場合、液体パックから投薬しますよね。私は盲腸の手術の時に初めて点滴をしたんですが、その昔はガラス瓶だったと聞きました。
中村:そうなんです。電気浸透流は19世紀初めにロシアの物理学者が発見したんですが、長年にわたり、実現には至らなかったものなのです。
高濃度の薬液を体内に入れると浸透圧により細胞が壊死してしまうのでは、と思われるかもしれませんが、超微量に投薬すれば安全面でも問題がないことがラットの実験で確認できました。これから、医師・研究者と共に医療現場で活用できるデバイスとして完成させるスケジュールを立てています。
紹介ビデオがこちらです。
実現したいのは医療を受ける側中心の医療です。
新たな治療手段の獲得や手術後の身体の負担軽減、在宅や通院治療が可能ですし、ライフスタイルに合わせた治療ができます。
将来的には医療プラットフォームを築いていきたいです。
上松:ここまで来るためのプロセスも含めてとても勉強になりました。ありがとうございました。
筆者と中村秀剛さん