ワーケーションの聖地「CAWAZ」の取り組み【前編】~地元の自然を活かした教育・福祉への貢献
埼玉県日高市にある「CAWAZ」は、快適な寛ぎのカフェも併設された働く場としてのコワーキングスペースで、観光や文化活動に向けたイベントスペースを統合した施設です。
都心からたった1時間で素敵な川沿いの異空間に没入し、仕事だけでなく川遊びなどができるまさにワーケーションの聖地のような場所ですが、経営者の北川大樹さんは「ワーケーションという言葉を借りただけ」と述べています。
今回はそんなCAWAZをどのようにしてオープンさせたのかについてインタビューさせて頂きました。
海外から見て地元の良さを理解
上松:ここは樹木も多く木々が大きいですね。また、竹林も圧倒されます。川沿いにカフェとコワーキングスペースがあって水遊びもできる最高な場所ですね。
まず、ここにCAWAZを作ったきっかけを教えてもらえますか。
北川さん(以下、北川):埼玉県日高市は私の地元で、ここは子どもの頃からの遊び場所でした。しかし周りの木がどんどん切り倒されてしまい、なんとかここの自然を守りたいと思ったことがきっかけでした。
上松:すごい地元愛ですね。
北川:いえいえ、子どもの頃は当たり前にあるものだったので、たまには都内に行って遊びたいとか、仕事もアルバイトも無く退屈な田舎だな、と思っていました。けれど海外に出て、色々な文化に触れることで改めて客観的に地元を見られるようになり、「なんだ、意外といいじゃん」ということを理解したんですよね。
上松:それはわかります。私も地元の新潟にいる時には、お正月に羽子板で羽根つきしたいな、なんで新潟は雪が降るのかな、と思っていたんですが、改めて地元のすごさに気がつく感覚はありますね。
ちなみにオランダに行かれたそうですが、何かきっかけがあったんでしょうか。
北川:オランダだけでなく高校卒業してから世界中、おそらく40カ国以上はバックパッカーで回ったんですよ。
上松:すごいですね。どの辺りですか?
北川:オランダ以外だと、行った国はドイツ、イギリス、イタリア、ポーランド、チェコ、スイス、クロアチア、フィンランド、デンマーク。中でも気に入って長期滞在したのは南米ですね。
上松:すごいですね。
オランダの大学で受けたシティマーケティングの授業
上松:オランダという国を選んだのはどういった理由でしょうか。
北川:オランダには留学で行ったんですが、当時オランダはOECDの調査で子供の幸福度が世界一高かったんです。さらにドラッグや売春、安楽死が合法で、九州ほどの国土で農作物の輸出高は世界第2位でした。
とにかく実験的な国民性であるオランダは、日本と大きく違う価値観によって社会が回っている感じがして興味をそそられ、この国で勉強したい、と思うようになりました。
上松:勉強したいと思って大学に入るのが一番だと思います。それは良かったですね。
色々な授業を受講したと思いますが言葉は大丈夫でしたか。授業はどんな感じだったのでしょうか。
北川:全て英語です。オランダは欧州の中で英語が最も使われている国の一つです。その中で興味があった授業はシティマーケティングの授業です。
上松:どんな授業なんですか。
北川:シティマーケティングの授業はカルチャー(文化)と地域を合わせて実学的に学ぶことのできる授業でした。アムステルダム南西にある町を観光でどう活かすか、ということがコンセプトです。
パリとオランダとチームを作ってプレゼンテーションをするという面白いコースで、授業の発表のためにスペインなどにも行きました。そして自分たちのアイデアがグランプリを取ったんです。
上松:すごい実学的な授業ですね。
北川:社会に出てからこの内容をどう行かせるかという視点が持てましたし、リベラルアーツ的なものをどう社会に還元するかを考えました。
幼少時代の貧困経験から、同じ境遇の人の役に立ちたいと思った
上松:誰もがそのような大学の授業を受けられるということはないですよね。
北川:もともと自分は勉強が嫌いだったんです。友達は多かったけれども、学校の後の学童の場所が素晴らしかった。おしおきで「学童に来てはダメ」と言われるくらい学童が好きでした。
当時は、学校の勉強がどう社会で生きるのか、人のためになるのかが全くイメージできなかったし、学ぶ意味について答えてくれる大人がいなかったんですが、ちゃんと目的を見つけてから学ぶと本当に楽しいですね。
上松:学童が素晴らしいというのは良い経験でしたね。
北川:はい、母子家庭で家が貧しかった。これが自分の人生を形作っていると思っています。自立心が強い母親だったので、苦境の中でも外に助けを求められずにいました。頑張りすぎて倒れたことも何回も見ていました。母はずっと福祉系の仕事をしていて、子供ながらに本当に社会にとって求められている仕事をしているんだな、と感じていました。
しかし真に人のためになる仕事ほどお給料や社会的地位が低いのはなんでだろう、という不公平感と違和感を感じていて、経済的な貧困という状況と相まって不平等な社会というのを痛烈に原体験として感じてきました。
上松:そうだったんですね。
北川:貧困というのは、それを頑張って克服することはできるけれども、過去は消えずに必ず残ると思っています。よく、貧困を体験すると知的好奇心がない、という人がいますが、貧困を体験しない立場でそんなことを言うことは難しいと思います。とても根が深いものだと自分は思っています。
上松:貧困でなかったらしたかったこともあったのに諦めたということなんですね。
北川:はい。音楽の専門学校に行きたかったので、そのためだけに高校に仕方なく行って進学しようと思ったら、卒業までで奨学金が500万にもなるというのを知って、これはすごいリスクだなと思いました。
それで高校卒業してバックパッカーをしているうちに、自分は実は学ぶことが好きなんだ、ということに気づけたので、身の丈にあった進路を選択していった形になります。
上松:勉強は嫌いだけど大卒の肩書きを得たいという人も多いですよね。
北川:その子たちを一概に責めることはできないとは思います。小中高大の線路から脱線するとはぐれてしまい、あたかも高速道路の中で自分が立っているような疎外感を感じてしまって、それを回避する方策として大学に行くみたいな感じなのでしょう。
上松:そうですね、日本は横並びで企業も大卒を求めていますしね。
北川:世の中に貢献できる人材になりたいがため教育を望んでいるのに、その機会は借金を背負わないと得られない、ということの壁にぶちあたり自分の無力を感じたんですよね。
本当は一度大学を卒業して、海外で出会った彼らに貢献できるようになってから再び海外に行こうと思ったんですけど、働きながら大学に行き学んだこと、世界のどこに根を張って活動していくのかと考えたときに地元に戻るというのが一番必然性の高い選択だと感じました。
ITが大事だと気がつき、プログラミング教育を地元でスタート
上松:その成果の還元がCAWAZですね。
北川:自分が社会に出てから必要になって勉強をスタートし大学に来たので、学ぶモチベーションは大きいです。先生の話を一言一言聞き漏らすまいと思う。自分が払った分以上の価値を得ようと思いました。ドイツはギャップイヤー(1年間)があるので、18、19、20才で世界を見ました。日本もギャップイヤーの制度を義務化した方が良いと思いました。
上松:プログラミング教育を地元でスタートしたきっかけはどんなことだったのでしょうか。
北川:一人一人の生産性を高めるためにITが大事だな、と思ったことが第一です。あとは、既存の学校を変えるということも考えたのですが、そうではなく、別次元で教育をやりたいとも思いました。なぜならシンギュラリティなどAIを勉強する中でビットコインが出てきて、ブロックチェーンの可能性を感じて興味を持ったためです。DAO(ダオ:Decentralized Autonomous Organization=自律分散型組織)のコンセプトが大事だと思って、そこでテック系の勉強を始めたことがきっかけですね。ITはすごいツールだなと思ってプログラミング教育を始めました。
色々な北川さんの経験が語られていて興味深い内容でした。
後編では立ち上げのきっかけともなった共同経営者の中島さんのインタビューをご紹介します。
北川 大樹 氏 プロフィール
【職務略歴】途上国支援NGO、国内NPO支援団体、IT企業、VC、留学代理店の立ち上げ、介護系ベンチャーの創業、ITコンサル、教育事業等を経験。
【趣味・特技】旅、音楽、英語、スぺイン語
【現職】株式会社CAWAZ 代表取締役/株式会社プラスロボ 取締役/株式会社AirSynapse 取締役
・高校卒業後バックパッカーとして40か国以上を旅する
・30歳を控え内省の旅として徒歩で北海道を目指す
・3社の設立に関わり、資金調達度総額は約1億
参考サイト
https://cawaz.co.jp/